目次
はじめに
人の生活模樣が見えてこないのはなぜか = 1
制度を超えた人と人との行き交いの實際を知りたい = 4
なぜ體驗者からの「聞き書き」が必要なのか = 7
第一章 植民地朝鮮の虛像と實像
私の受けた戰後韓國の敎育 = 16
親世代の話とのギャップ = 20
戰後韓國の「反日本民族民族主義」 = 23
日本に來てから知ったこと = 26
缺落していた「世界史的な觀点」 = 29
日本統治時代の朝鮮體驗者の生の聲を聞きたい = 32
植民地支配下にあった者たちへの善意の眼差しの危うさ = 35
第二章 聞き書き - 日本人の體驗から
日本人體驗者について = 42
誇り高き京城中學の朝鮮人級友たち / 阿部元俊 = 46
生まれも育ちも朝鮮新義州 / 林健一 = 63
朝鮮人小學校で敎えて / 佐久間房子 = 70
總督府警察幹部だった私 / 坪井幸生 = 85
戰後韓國を支えた京城帝國大學時代の級友たち / 吉田道弘 = 101
ソウル上流家庭の女性たちの品格 / 吉田多江 = 107
劉鴻洵江原道知事への敬愛 / 大師堂經慰 = 115
平安南道小學校希望者全員入學化の達成 / 工藤眞澄 = 132
總督府農商局で終戰までを勤めあげて / 山木利男 = 139
朝鮮人に助けられた戰後收容所の生活 / 林夫妻 = 148
第三章 聞き書き - 韓國人の體驗から
韓國人體驗者について = 156
殖産銀行の我が黃金時代と恩師への敬愛 / 朴承復 = 158
個人的な親しい感情と統治政策への許し難い思い / 閔圭植 = 169
あの當時差別に氣づいていなかったことが悔しい / 金沫容 = 178
よき友·よき敎師そして「謝非しない日本人」 / 朴鍾植 = 187
秩序正しかつた日本人と日本人有利に作られていた法律 / 李萬甲 = 195
第四章 朝鮮殖産銀行の日本人と朝鮮人
有賀光豊という人物 = 202
可能な限りの公平政策と戰後韓國を支えた朝鮮人超エリ-トたち = 206
「産米增殖計劃」を朝鮮に施行させた三島と有賀 = 210
朝鮮米作農業の飛躍的な發展をもたらした朝鮮殖産銀行の奪鬪 = 213
第五章 「和解できないわけ」はどこにあるのか
聞き書きから感じたこと = 220
文化·習慣の違いから生まれる誤解 = 225
「實際性」「事實性」に重点を置こうとしない韓國の知識人 = 227
「國」と「クニ」の區別と韓國市民社會の成熟こそ日韓和解の條件 = 230
身體化された「クニ」はけっして壞されていない = 233